ひとつ、われわれは、しんしんをれんましかっこふばつのしんぎをきわめること
(わたしたちが、空手を修行する目的は、自分自身の体と心をきたえることにあり、真剣に稽古にうち込むことで、どんなことにも動じない心と強い意志を習得して行かなければならない。)

ひろつ、われわれは、ぶのしんずいをきわめきにはっしかんにびんなること
(わたしたちは、武道としての空手の道を徹底的に追求していくことで、どんな状況でも臨機応変に対応する力と相手の心を理解する思いやりや優しさ、どんなことにも素直に感動できる心を身につけなければならない)

ひとつ、われわれは、しちじつごうけんをもってじこのせいしんをかんようすること
(わたしたちは、自分自身を飾ることなく、真面目で素直に空手の修行に打ち込むことによって、自分自身に打ち勝つ強い心を養っていくことを心がけなければならない。)
ひとつ、われわれは、れいせつをおもんじちょうじょうをけいしそぼうのふるまいをつつしむこと
(わたしたちは、礼儀を身につけ、目上の人を敬い、人前で空手の力を誇示するような行動をとってはならない。)
ひとつ、われわれは、しんぶつをとおとびけんじょうのびとくをあやまたざること
(わたしたちは人間の力が及ばない自然や宇宙の摂理を重んじ、神や仏を敬い、相手のことを大切にし自分を謙遜する態度をれてはならない。)

ひとつ、われわれは、ちせいとたいりょくをこうじょうさせことにのぞんであやまたざること
(わたしたちは、空手の修行によって知性と体力を向上させ、どんな状況でもあせらず、冷静に対処できるようにならなければならない。)

ひとつ、われわれは、しょうがいのしゅぎょうをからてのみちにつうじきょくしんのみちをまっとうすること
(武道としての空手の修行は、一生かけて追い求めるものであり、一生を通じて極意に一歩でも近づこうとする姿勢、それが極真空手の本義である。)